2015年07月11日

どうしても片桐仁に認められたかった

どうしても片桐仁に認められたかった

2015年7月9日。
海浜幕張イオンモール3階、イオンホールにて、翌日から開催されるラーメンズの片桐仁さんの個展 不条理アート粘土作品展「ギリ展」のレセプションの会場。

「松本ジュンイチローさん」
まさか自分の名前が、片桐仁さんに呼ばれる日が来ようとは。

片桐仁とあのウォッチ

写真は、おれの作品「あのウォッチ」を身につけてくれた片桐仁さんである(ブログ掲載の許可をいただいています)。
どうしてこういうことになったのか。

きっかけはDVD

ラーメンズが好きだ。
知らない人もいるかもしれないので念のため説明しておくと、ラーメンズとは、片桐仁・小林賢太郎によるパフォーマンスユニット。一応お笑い芸人という枠ではあるが、いわゆるコントよりもお芝居寄りのパフォーマンスに定評がある。

ラーメンズの、眼鏡でモジャモジャの方が、片桐仁さん。ラーメンズとしての活動のほか、役者として、さらには粘土でアート作品を作ることも知られている。

その片桐さんが、おれが勝手に師匠だと思っている妄想工作家・乙幡啓子さんと一緒にNOTTVで「また、つまらぬものを作ってしまった」という工作がテーマの番組に出演していた。放送自体は見られなかったのだが、番組のDVDをイベントで購入し、さらにはお二人にサインまでもらってしまった。

つまらぬものDVD

「また、つまらぬものを作ってしまった」という番組は、募集したお題に対し、片桐さん・乙幡さんがそれぞれ作品を作ってくるという内容。お二人の作ってくるものは、発想・クオリティともに素晴らしく、毎回驚かされるのだが、さらに製作工程も収録されているのが面白いのだ。

手順や技術、素材も参考になるし、失敗してやり直したり、締め切りギリギリになって慌てたり、弱音を吐いたりと、リアルな工作の行程が見られるのが、とても興味深かったし、自分でも何か作ってみたくなった。

そんな中で知った。近々、片桐仁さんが個展を開くという。
しかもその個展で、粘土作品のコンテストを開くとのこと。

片桐仁 不条理アート粘土作品展「ギリ展」

これは試してみるしかない。
片桐仁に認められたい。
粘土なんて小学生以来だけど。

それじゃあ何を作ろうか

コンテストのテーマは、「身近なものに粘土を盛る」。
何に盛ろうか。身近なもの。
まず考えたのが眼鏡。だが、使っていない眼鏡は去年引っ越しの際に処分してしまい、今は必要な眼鏡しかない。却下だ。

そうだ、時計はどうだろう。
ちょうど、デイリーポータルZ友の会(有料会員)でもらったグッズの「アップルのウォッチ」がある。あれに粘土を盛ったらどうだ。

アップルのウォッチ

アップルのウォッチ、おもしろグッズなのでプロダクトとしての性能がとても低い。LEDで時間が表示されるのだが、どんどんずれていくし、ベルトの穴さえふさがったままだった。これにリアルなりんごを乗せて、リアルなアップルのウォッチにしよう。
方針が決まったので、モデルとなるりんごをスーパーに買いに行った。

初めての粘土作品作り

ちょうど、アマゾンのジオラマを作った時の紙粘土の残りがあったので、それを使用することにした。
時計にはマスキングテープでマスキング。さらに文字盤が見えるよう、腕につけた時の視線の方向に、マスキングしたスタイロフォーム(発泡スチロールよりちょっと固い樹脂)を貼り付ける。

マスキングしたウォッチ

この上に粘土を盛っていく。りんごの形に盛ったら、文字盤を覗く部分に穴を開け、埋まっているスタイロフォームにつなげる。

粘土を盛った

ある程度乾くまで待つ間に、りんごの芯などのパーツも作っておく。
形が安定する程度に乾いたら、時計を一度取り外して成形。
完全に乾くまで待つ。

乾き待ち

しかしこれが乾かない。
ひと晩待っても柔らかいまま。さらにひと晩待ってもまだ柔らかい。
3日経っても変化なし。困った。作業が進められない。
モデルに使ったりんごは傷んできてしまったので、食べることにした。

粘土で何かを作るのが初めてだったので何も知らなかったのだが、紙粘土は薄く作ることが重要で、大きなものを作るときは中に芯を入れて、表面に粘土を貼る、という作り方をしなければならないらしい。先に調べておけばよかった。

オーブンで熱する

どうにか乾かさないと進められないので、ネットで見かけた方法を試してみる。オーブンに入れて低温で熱し、水分を飛ばすのである。
これは失敗だった。様子がおかしいと思ってオーブンを止めて見てみたら、ところどころ膨張してきていてあちこちひび割れていた。もう少し続けていたら爆発していたかもしれない。危なかった。

ひび割れはあとで補修することにし、目立たないところに穴をいくつも開けて通気口として、水分がなるべく飛ぶようにしてみた。さらに扇風機を当てる。
これでひと晩置いておいたところようやく概ね乾いたようだ。次の行程に移れる。

乾いた

文字盤のための穴が口に見えるから、目があってもいいだろう、と思い、眼球を入れるへこみを作っておいた。
眼球には100円ショップで買ったビー玉を使用。眼窩を黒く塗り、瞳孔を書き入れたが、眼球の固定用に間に入れた透明の樹脂が濁ってしまい、瞳孔はほとんど見えなくなってしまった。空気に触れないと透明にならないようだ。
まぶたを作ったら目の周りはひとまず終了。

目を入れた

紙粘土は、固まってからの加工が難しい。毛羽立って削れないからだ。
凹凸が気になるので、表面にモデリングペースト(乾くと固まるペースト状の樹脂)を塗布して削り、りんごの形に整える。

モデリングペースト塗布

毛むくじゃらになったようにも見える。乾いたらやすりで削っていく。
おおまかに形が整ったら、凹凸を埋めるようにまたモデリングペーストを塗布し、削る。更に凹凸を埋めるように塗布して削る。

削ったあと

この繰り返しでかなり表面がすべすべになった。手触りがとてもいい。
口の中は、モデリングペーストでひびを埋め、りんごの果肉のざらざら感を出すためにサンドペーストという砂が入った樹脂を塗布。

白いりんご

未塗装の白い状態だと不気味なような、かわいいような。
この時点ですでに、かなり愛着が湧いてきている。
粘土をこねたり、削ったりと、ずっと触れているので、自然と愛着が湧いてくるのだ。

かわいいし、このままでもいいかもしれない。いやいや、趣旨がずれる。
リアルなりんごを目指したいのだ。

気を取り直していよいよ塗装。アクリル絵の具を使う。
アクリル絵の具を使う理由は、それしか持ってないからだ。

下塗り

モデル用に新しいりんごも買ってきた。
ベースのカラーは黄緑色。口の中は黄色に。
ベースカラーが乾いたら、時計を接着し、表面にりんごの皮の赤を塗り重ねていく。

塗装

当初は、日本のりんごのような控えめな赤を目指していたのだが、筆だけで再現するのは難しく、何度もやり直しているうちに、外国のりんごのように真っ赤になった。

色が暗すぎる

途中、やたらと色が暗くなってしまい、これは失敗だと思ったことも。
何度も塗り重ねて、ようやく納得の出来る色になった。
口の中に別途作っておいた舌、歯を接着し、芯を固定して完成。

塗り終わり

夕方に塗装を始めて、ようやく出来たのが朝。10時間ほど塗り直しを繰り返していたらしい。夢中になっていて気づかなかった。金曜の夜だったので、友人たちが皆、美味しいものを食べたり飲みに行ったりと、FacebookやTwitterのタイムラインが賑やかだったことも全く気づいていなかった。

一眠りして起きて確認してみると、絵の具が乾いたようだ。
べとつく感じが気になったので、磨いてみた。
そうしたら芯をバキッと折ってしまい、あまりの自分の粗忽ぶりに笑う。

水で接着し、粘土が見えたところは塗りなおして、幸いなんとか目立たないように修正できた。
仕上げに透明のラッカースプレーをかけて、表面を保護。

完成

名づけて「あのウォッチ」である。
腕につけると、顔と向き合うことになる。ボタンを押すと時刻を表示。
歯が邪魔でちょっと見にくいけど。

時刻表示

しかも後ろから見ると、ただのりんごに見えるのだ。

後ろ

展示用の台座も作ろう

これだけでも良かったのだが、まだ当日まで間があったし、せっかくなので展示する台座が欲しい。
時計屋でよく見るやつだ。
市販のものを探したが、文字盤が斜めになるようになっているものばかり。当然だ。通常、腕時計は文字盤を見せなければならないのだから。

台作成中

しかたがないのでスタイロフォームとスチレンボードで自作する。
台はそこまで凝るつもりもなかったので、なんとなく古い金属っぽい色に塗装して、ネームプレートをプリントアウトして貼り付けたら完成。

台座

「あのウォッチ」を台座にセットしてみる。ちょうど良い。

セット

我ながら、なかなかいいものが出来た。
試しに腕につけた写真(裏側のみが見える状態)をTwitterとFacebookにアップしてみたところ、本物っぽい!と評判がよい。
これはいけるかもしれない。

完成した「あのウォッチ」を持って会場へ

「ギリ展」の作品コンテストでは、写真を送付して事前審査してもらう部門と、会場に持ち込む部門とがあった。
せっかくなので、持ち込み部門に応募。

持ち込みとはいえ、写真審査などがあるのだろうと思っていたら、スタッフの方から「当日お待ちしております」との返信が。
いいのか。審査ないのか。

海浜幕張

展示会場は海浜幕張のイオンモール内。1時間かけて電車に揺られ、海浜幕張の駅からバスでイオンモールへ。当日はあいにくの雨。
バスを降りたところから会場までが遠かった。イオンモールの広さをなめていた。結果イオンモール内を端から端まで早歩き。ぎりぎりで会場のイオンホール前に到着。すでに参加者とおぼしき10数名が並んで待っていた。

入場待ち

スタッフさんから説明を受け、各自の作品を机に並べる。
想像はしていたが、本気で芸術をやってそうな人が多い。全体的にクオリティが高い。でもおれの作品も、恥ずかしくて引っ込めたい、というほどではない。

ここにいるのは言わばライバル同士だ。緊張しているとバレたらなめられるかもしれない。なるべく平静を装って「こういうの慣れてるし普通じゃね?」という顔をしていたつもりだ。

片桐仁、登場

しばらく待っていると、いよいよ片桐仁さん登場。
ざっと見ていくだけだと思っていたが、ひとつひとつ作者に説明させ、コメントしてくれる。笑いが起こったりも。

いよいよおれの順番が回ってきた。片桐仁さんに「りんごの質感がすげー」と言われ、もう満足だ、とさえ思った。

片桐仁さんによる全員分の審査が終わり、結果発表はこの後のレセプションで、と言われて一旦解散。
粘土での造形が初めてで、美術学校も専門学校も出ていない、アーティスト活動もしていないおれにしてはまあまあ健闘しているのではないか、と思ったが、他にすごい作品がたくさんあったし、良くて佳作だろう。佳作に入れば会場に展示してもらえるのだ。優秀賞に選ばれれば片桐仁さんのグッズが、最優秀賞はさらに賞金がもらえる。

看板

レセプションの時間までフードコートで休憩。この時点ですでにぐったりである。抹茶オーレみたいなドリンクが甘くてやさしい。
前日よく眠れなかったので眠気が来て、ぼんやりしていた。

このまま作品を持って帰ったとしても、駄目でした!って記事になるし別にいいか。
あれをつけて外に出て、ファッションとして活用、みたいな記事でもいいかもしれない。
そんなことを取り留めもなく考えているうちに、時間がやってきた。

いよいよ結果発表

レセプションが始まり、会場内で作品を見ながら待っていると、タキシードに着替えた片桐仁さんが登場。
挨拶の後、いよいよ結果発表である。

片桐仁挨拶

優秀賞からの発表。優秀賞一人目は、おれがあの作品は何らかの賞をとりそうだな、と思っていた、ツタンカーメンのマスクの形の弁当箱という作品だった。ギミックが凝っているし、ネタとしても成立しているように思えたからだ。

続いての優秀賞二人目で、まさか「あのウォッチの、松本ジュンイチローさん」と呼ばれるとは、全く予想しておらず、一瞬状況の理解ができなかった。

おれの「あのウォッチ」、片桐仁に認められた。

片桐仁さんから、優秀賞の賞品を手渡していただき、握手もしていただく。
片桐さんの手はひんやりしていた。

最優秀賞は、掃除用のコロコロをシュモクザメにした作品。
あとで作者の方に話を聞いたら、片桐仁さんの大ファンで、このために大阪から高速バスで来たとのこと。アイデアもいいが、本気度でもう負けている。

発表の後はメディアによる片桐仁さんへのインタビュー。その間は、会場の作品を見て回っていた。雑誌連載初期の作品から最新のもの、「また、つまらぬものを作ってしまった」の作品まで16年ぶん、たくさんの作品が並び、しかも仕切りのない状態で、構造をよく観察できる。

片桐仁さんの作品の素晴らしい点のひとつに、わかりやすいことがあると思う。
「いわゆるアート」のような、見る側に判断を委ねるということがない。そこにあるのは造形のリアルさ(それは時にグロテスクだったりもするのだが)、色彩の美しさ、発想の奇抜さ、などわかりやすい凄さだ。

好き嫌いはあるかもしれないが、ものを作る人には刺激になることは間違いないので、是非見に行って欲しい。

メディアによるインタビューが終わった片桐仁さんは、会場に残っていたコンテスト参加者と話をしてくれた。質問に答えていただいたり、普段使っている道具を見せていただき、最後に写真まで。
とても親切に、丁寧に対応していただき、夢のような時間だった。

片桐仁とあのウォッチ

片桐仁さんに素敵なきっかけをいただいたので、今後も造形作品を作っていきたいと思う。何よりも、粘土をこねて形を作り、色を付けていくのは楽しい。さっそく翌日、道具や素材を買いに東急ハンズへ走った。
片桐さん、どうもありがとうございました。

展示中のあのウォッチ

おれの作品「あのウォッチ」、「ギリ展」会場ロビーにて会期中(2015年7月10日から7月26日まで)展示されるそうです。お近くの方もそうでない方も、片桐仁さんの作品を見るついでに探してみてください。
ギリ展、本当に面白いので、都内から海浜幕張までわざわざ行っても損はしませんよ。

片桐仁 不条理アート粘土作品展「ギリ展」

「お笑いナタリー」の記事にもおれの作品を手にした片桐仁さんが。

賞品

優秀賞でいただいた片桐仁グッズの数々。嬉しいけどTシャツはいつ着たらいいのかわからないです!