2016年11月23日

旅する縄文土器 〜新潟編〜

旅する縄文土器 〜新潟編〜

国宝にも指定されている、縄文土器の代表的な形式である火焔型土器。
この火焔型土器を模したリュックを作った。
作ったら、本物を見に行きたくなった。

10人中8人が振り返るバッグ

フェリシモの「妄想商品化道場」でのお題「10人中8人が振り返るバッグ」。
妄想商品化道場は、作品を投稿し、投票で1位になると商品化されるという企画。おれが師匠だと思っている妄想工作家・乙幡啓子さんなどがクリエイターとして参加しており、一般からも投稿できる。詳しくは以前ブログ記事に書いた。

最近、個人的に縄文時代がブームなので、縄文モチーフの何かを作りたい。
前から作ってみたかった、火焔型土器をモチーフにしたバッグはどうだろう。
リュックにして、火焔型土器を背負っていたら、10人中8人くらいは振り返りそうだ。

火焔型土器のリュックを作ろう

さっそくAmazonでリュックを購入。
背中にプラスチックのシェルがついている、ハードシェルタイプのリュック。
このシェル部分を火焔型土器にする。

リュック元

シェル部分に直接粘土を貼り付けるのは難しそうなので、まず張り子のように、シェル部分全体に習字用の半紙をちぎって貼り付けていった。
シェルの抜け殻みたいなものができた。

リュック抜け殻

これを再度接着し、この上に粘土を貼り付けていく。
ネットで検索した火焔型土器の写真を見ながら。張り出した部分は厚紙を芯にする。
火焔型土器は立体感がありすぎて、その構造がわかりにくいが、幸いなことに以前ガチャガチャで出た火焔型土器のミニチュアがあるので、構造はこちらを参考にした。

火焔型土器ガチャ

火焔型土器は縄文土器の一種だが、縄文、縄を転がしてつけた模様は使用していない。粘土紐の貼り付けのみで独特な模様をつけている。
それにならい、粘土紐で模様をつけていった。

粘土紐貼り付け

自分の工作作品としてかつてないほど大きいせいか、大量の粘土をこねているうちに手が荒れてしまい、しばらく治らなかった。

縄文リュック・火焔型

縄文リュック火焔型1

塗装して、防水ニスとラッカーをかけたら完成。
「縄文リュック・火焔型」である。
色は土器のままだと目立ちすぎるかと考え、渋めの茶色系グレーに少しメタリックな色を入れた。

土偶チャーム

ついでに土偶チャームもおまけで作成。
火焔型土器は新潟で出土したものなので、同じく新潟で出土した土偶をモデルに、オーブン陶土で作成した。

縄文リュック火焔型2

完成した「縄文リュック・火焔型」を見ていると、旅に出たい気持ちが湧いてきた。
このリュックを背負って、本物の火焔型土器を見に行きたい。

翌日の夕方の新幹線のチケットと、宿を手配した。
目指すは火焔型土器が出土した、新潟だ。

本物の火焔型土器に会いに行く

国宝に指定されている火焔型土器は、新潟県十日町市の十日町市博物館にある。
それとは別に、最初に発見された火焔型土器である「火焔土器(「型」がつかないものは固有名詞なのでひとつしかない)」が見られるのが、新潟県長岡市の馬高縄文館
その近くには新潟県立歴史博物館もあり、こちらも縄文時代に関する展示が充実しているらしい。

1日でこの3館を巡る旅。
せっかくなので、新潟市内に行って新潟名物の「タレカツ丼」を食べたかったが、時間の関係で今回は諦めた。新潟は広いので、移動するのに想像以上に時間が取られるのだ。

馬高縄文館の火焔土器

夕方に東京を出る新幹線に乗り、長岡まで。
新幹線は、料金こそ少々高く感じるものの、飛行機ほど乗るのに時間が取られないし、飲食も自由にできて快適だ。

棚リュック

棚から覗くリュックの存在感を気にしつつ。
長岡で1泊し、翌朝、長岡駅前から出るバスで馬高縄文館へ向かう。

事前に調べてきたバスに乗り、運転手さんに「馬高縄文館へ行きたいんですけど、このバスでいいんですよね?」と聞いたところ「うまたか……!?」と、聞いたことがないというような反応をされたが、気にせずに行こう。
馬高縄文館というバス亭があるわけではないので、たまたま知らなかったのだろう。

当日は生憎の雨。
持ってきた雨具は折りたたみ傘だけなので、自分で作ったリュックの耐水性が気になるが、耐水ニスとラッカーを厳重にかけ、防水スプレーもかけてきている。信じよう。

バス停から馬高縄文館に早足で向かっていると、同じバス停で降りた年配女性3人組に声をかけられた。
そのリュックは自分で作ったのか、と。聞いてみると神奈川県から来たそうで、縄文土器を作るサークルの皆さんだという。勉強のために本物を見に来たそうだ。
縄文リュックについてひとしきりほめていただけた。嬉しい。

馬高縄文館

馬高縄文館には最初に発見された火焔型土器である「火焔土器」のほか、作成した土偶チャームのモデルの土偶「ミス馬高」がある。
展示品の写真の公開は不可なので掲載できないが、それほど広いわけではない館内に大量の火焔型土器や、王冠型と呼ばれる土器、その他の土器が並んでいる。
火焔型土器といっても土器時代の大きさや独自のせり出した部分の大きさなど、細かな違いがたくさんあって、かつその全てが独特の造形による力強い主張を持っており、圧倒された。

縄文リュックと火炎土器

入り口には巨大な火焔土器のオブジェ。
雨だったがせっかくなのでリュックと一緒に撮影。
このリュック、雨の中を背負って歩いてわかったのだが、凹凸部分に雨水が溜まってしまうという欠点がある。
耐水性には問題ないようだが。

新潟県立歴史博物館へ

新潟県立歴史博物館は馬高縄文館から歩いて15分ほど。
県立の博物館だけあって、敷地も広く、立派できれいな博物館だ。

新潟県立歴史博物館

入り口のゲート前に火焔型土器と王冠型時の巨大なオブジェがあり、そこで妄想商品化道場に投稿するための写真撮影。ちょうど雨も止んでいた。

歴史博物館前

企画展として古代オリエント美術の展示が開催中で、そちらも気になったが時間の都合で常設展のみ。
もちろん常設展も縄文時代だけではなく、新潟県の歴史や文化全般に渡るのだが、そちらも時間の都合でざっくりとしか観られなかった。
雪の中での生活、というテーマの展示がなんだか怖かった。ずっと方言で人が喋っているのを流しており、薄暗い中に急にリアルなマネキンが立っている。早足で通り抜けた。

縄文時代については、縄文時代だけの展示スペースがあり、展示のボリュームも多い。
新潟県で出土したものだけではなく、各所で出土した土器や土偶(一部レプリカ含む)の展示や、食生活、住居など、縄文時代についてかなり幅広く展示している。

縄文生活展示

縄文時代の展示の前半は縄文人の生活の再現(実物大)で、風の音だけが流れている中、縄文人の人形の間を歩いていくのは怖かった。
雪の中の生活の展示といい、子供時代に来ていたら多分泣いている。

歴史博物館の火焔型土器

もちろん火焔型土器もたくさん見られる。
本物と自分の作ったリュックを見比べると、本物は粘土紐の太さも一定ではなくメリハリがあり、より立体感がある。
自分のものはやや平板な印象になってしまっているが、本物はずっと迫力があった。

博物館内火焔土器と縄文リュック

長岡駅まで向かうバスの発車時間まで少し間があったので、エントランスにある巨大な火焔土器のオブジェを撮影していたら、着物の女性に声をかけられた。
ちょうどその脇のスペースで、長岡の茶道クラブによるお茶席が開催されていたらしい。
縄文リュックについて説明すると、とても気に入っていただけたようだ。
お茶とお菓子も出してくれた。

お菓子は新潟の老舗和菓子屋「大和屋」の「悠かなる縄文〜土器〜」。
火焔型土器のかけらの形をした落雁。上品な甘さと香ばしさだ。

土器落雁1

土偶のバージョンもある。
どんぐりの粉が入っているそうだ。
おみやげにちょうど良さそう。

土器落雁2

お茶とお菓子をいただいていると、博物館の館長さんを呼んできてくださった。
恐縮しつつご挨拶を。
館長さんにも縄文リュックを気に入っていただけたようで、会話が盛り上がってしまい、結果バスに乗れなかった。

会話が弾んでしまったのだからしょうがない。タクシーで駅まで戻ることに。
タクシーの電話番号を教えてもらおうと受付のお姉さんに声をかけたら、またリュックのことを質問された。ずっと気になっていたとのこと。

タクシーに乗って長岡駅に向かっていると、運転手さんから「そのリュック、どうしたんですか」と。
なんと長岡出身で歴史大好きの運転手さんだった。

信濃川は古代からよく氾濫したので人があまり住まず、おかげで流域に遺跡が沢山残っているとか、息子さんが影響を受けて考古学好きに育ち、東京で考古学を学んだとか、2004年の中越地震で十日町の国宝・火焔型土器が砕けたので、長岡の火焔土器が繰り上げで国宝指定されるんじゃないかとひそかに期待していたが、綺麗に修復されたのを見て少しだけ悔しかったとか、考古学界の裏話とか、駅に着くまでずっと歴史の話をしていた。

十日町市博物館の国宝・火焔型土器

長岡駅から電車で十日町駅へ。
十日町駅から徒歩10分ほどで十日町市博物館に到着。

十日町市博物館

十日町博物館の目玉は何といっても国宝の火焔型土器。
土器自体の展示数はさほど多くはないが、縄文時代から始まる十日町の歴史について学べる。

触れる火焔型土器

火焔型土器のレプリカに触ることもできる。
意外と大きい。本物より少し重いそうだ。

国宝火焔型土器

そして国宝指定の書面つきで展示されている火焔型土器は、文句なしの迫力。
この地域、この時期にこの形式が大量に作られたというのは非常に不思議なことだ。
しかもこれだけの意匠をほどこし、およそ実用的ではないように見えるものを、実際に使っていたことが煮炊きの痕跡から分かっているのだから、更に不思議だ。

火焔型土器グッズを買おうと受付のお姉さんに声をかけたら、縄文リュックについて質問された。
館長さんも紹介いただき、自作である旨を説明してきた。

帰りは越後湯沢から新幹線。
駅の中にある酒風呂に入り、へぎそばを食べて新潟の旅は終了。
慌ただしかったが、縄文時代をさらに深く感じることができたし、縄文リュックのお陰でたくさんの出会いもあり、充実していた。

そば

そして突発的な旅行はとても楽しい。
積極的に機会をみつけて、また突発旅行に行きたい。
縄文リュックは会話のきっかけになることがわかったので、またこれを背負って縄文ゆかりの地をめぐるのもいいかもしれない。

縄文土器先生

十日町市博物館では、井上涼さんの「縄文土器先生(NHK「びじゅチューン」)」がエンドレスで流されていた。縄文土器先生、癖になる。

縄文リュック・火焔型 -妄想商品化道場 by YOU MORE!(ユーモア) ※投票期間は終了しています。